田舎での暮らしでは満足に稼げないと、両親2人で首都のプノンペンの工場に働きに行きました。首都での仕事は過酷なようで、ここしばらくは村に戻ってきていません。
私は知的障害がある孫と2人で暮らしています。息子たちからの仕送りも、心もとない額なので、私も農作業をして生活を支えています。
ある日、山の中に食料を探しに行った際、毒蛇に左手をかまれました。病院に行くお金もなく我慢しておりましたが、あまりにも醜くなったため50キロ離れた病院に行きました。しかし、時すでに遅しで、左手を切断する以外ないといわれました。
孫の両親は満足に学校に通わすことができなかった。だから、貧しいままなのでしょう。孫は、障害があり他の子どもよりも物事を覚えることに時間がかかります。でも時間をかけてあげれば問題ないはずです。
孫は、私の希望なのです。 |